はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 140 [ヒナ田舎へ行く]

「ウェイン。あれが見えるか?」ジャスティンは我が目を疑った。わずかに目を離しただけで、ヒナが誰とも知れぬ男に抱かれている。

「どうやら先客があるようですね」ウェインが一台の馬車に目を留め、のんびりと言う。朝から迷惑なほど付きまとうから、仕方なしにつれて来てやったのに、まったくもって役立たずな男だ。

「いや、そっちではない。玄関の方だ。ヒナが手を振っている」

「ああ!そちらですか。ええ、見えます。誰かに抱っこされているようですね」ウェインはまるで他人事だ。

「どっちだと思う?」この際どちらでも関係なかった。ヒナに触れたものは誰であろうと生かしてはおけない。

「んー、髪の色からしてスペンサーの方ではないでしょうか?」

やはりそうか!どちらかといえばスペンサーの方が気に入らないと思っていたところだ。

「ちょっ、旦那様、危ないッ!」

ジャスティンはウェインの制止を振り切り、そこそこ速度のある馬車から飛び降りた。安全運転だか何だか知らないが、悠長に車寄せに廻り込んでいる場合ではない。

手を振るヒナめがけて疾走する。

ヒナを抱く男が振り返った。

誰だ?スペンサーではない。もっと年上の――だがそんなやつここにいたか?

ヒナが男の腕の中でもがいて飛び降りると同時に、ジャスティンは玄関に到着した。思わず腕を広げて抱き上げそうになったが、自分がただの隣人ウォーターズであることをすんでのところで思い出した。

ヒナの背後を見ると、スペンサー、ブルーノ、カイルがぽかんとした様子でこちらを見ていた。そりゃそうだ。走る馬車から飛び降りて駆けてくる客など滅多にいるもんじゃない。

「ウォーターさん、来たよ」

こちらが言い訳を考えている間に、ヒナが客が来たことを背後の四人に告げた。一番年嵩の男が前に出てきて、「ようこそウォーター様」と何事も――ヒナを抱いていたことなど――なかったかのように恭しく頭を垂れた。

「うむ」こちらも馬車を飛び降りなどしなかったかのように平然と応じた。

「お父さん、ウォーターズです」スペンサーが男に耳打ちをする。

丸聞こえだが、ジャスティンは気にも止めず、奥へ引っ張っていこうとするヒナに笑いかけた。「お土産が馬車の中だ」

「ウェインが持ってくる?」

「ああ、持ってくる」

「僕は厩へ行ってきます」カイルは言って玄関の外へ飛び出して行った。

カイルの目当てはウェインだ。ブルーノはすでに姿を消し、スペンサーはお父さんと呼んだ男の出方を伺っている。

「ウォーターズ様をご案内しなさい」『お父さん』はキビキビと指示を出し、脇に控えた。

その顏に一瞬だけ浮かんだ表情を、ジャスティンは見逃さなかった。

こいつ……笑いやがった。

何もかもお見通しだというように。

いったい、何を知っているというのだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 141 [ヒナ田舎へ行く]

コリン・ウォーターズ、か。

ヒューバート・ロスは長男と同じ青い瞳を愉快げに煌めかせた。

ちょうどダヴェンポート邸の新しい主を一目見ておきたいと思っていたところだ。カナデ様と時を同じくして、ウェストクロウに現れた謎多き隣人を。

金持ちで気前がいいと、村ではちょっとした噂になっているが、果たしてどうだろうか?

カナデ様の歓迎ぶりが、気前云々とは関係ないことだけは確かだが。

結局、案内役はカナデ様が務め、我が愚息は言い訳のタイミングを見計らってか、こちらの顔色をうかがってばかり。

情けないことだ。屋敷の管理を任せて三年ほどか。それ以外の仕事がまったく出来ないとは、よもや思いもしなかった。ただ伯爵の命に従い、カナデ様をお預かりするだけのことなのに。

戸口を塞ぐようにして立つヒューバートの耳に、スペンサーが切羽詰まったように囁く。

「お父さん、これには事情が――」

ヒューバートは皆まで言わせなかった。「事情?いかなる事情があろうとも、伯爵の指示には従わなくてはならぬ。部外者の立ち入りは禁じられていたはずだ」最後の部分はほとんど声に出さずに言った。

「わかっています」スペンサーも口だけ動かし、声は出さなかった。

「話は後だ。お前はブルーノを手伝ってきなさい」ヒューバートが言うと、スペンサーは音も立てず瞬時に消えた。昔から逃げ足だけは早かった。

ヒューバートは、ジャスティンの隣に座ってあれこれ話し掛けるヒナの横顔を、感慨深げに見つめた。

お嬢様の小さい頃によく似ている。

とくに、あのはち切れんばかりの笑顔と出迎えの時に飛びついてきた活発さは、紛れもなくお嬢様の血を受け継いでいる。

いますぐにでも二人を――いや、三人か――引き合わせてあげたいが……待たねばならぬだろうな。

これっきりになってしまわないよう、細心の注意を払い、外堀を埋める必要がある。なにより土壇場になって、伯爵が約束を反故にしてしまわないようにしなければ。

そうとなれば、息子たちには任せてはおけない。あれらは何も知らずにいるのだから。

やれやれ。面白くなってきたぞ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 142 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナ、いったいどうなっているんだ?あれは誰だ?」ジャスティンは戸口に立つ男に目をやり、ひそひそと言った。いつの間にかスペンサーは消えている。

「お父さんだって。ジュスと間違えちゃった」ヒナはぺろりと舌を出した。

間違えるにしてもほどがある。

「お父さんにしては随分と若いな。スペンサーは確か二十五だったか?」

「ブルゥは二十二でカイルは十六。ヒナがいちばん下なんだって」

相変わらず物覚えのいいこと。

「だとすると、五十近いのか……」まったくそうは見えない。

ヒナはうーんと首を傾げた。「何歳だったらいいの?」

確かに、いくつだったら納得できるのだろう?「グレゴリーとほとんど変わらないように見える」

「レゴはごじゅう?」

「そう見えてもおかしくはないが、あいにく三十六だ。で、彼は何しに来たって?」ジャスティンはあらためて声をひそめた。

「ねぇ、お父さん」ヒナが『お父さん』を呼ばわった。

ヒィッ!ヒナ!

ジャスティンは肝を冷やした。ひそひそ話の意味がないではないか。

「なんでございましょうか、カナデ様」なかなか優雅な物腰でヒナのそばに立った。

「お父さんは何しに来たの?座らないの?」ヒナはいつだって訊きたいことを訊く。

「所用があって参りました」

どんな用件かが重要。そこはヒナも心得ていたようで――

「ブルゥのスコーン目当て?」

それはないだろうと、ジャスティンは苦笑した。

「スペンサーに用があります」男はいったって真面目に答えた。

「あれ?スペンサーはどこへ行ったの?カイルはまだ?」ヒナは突如不安そうに辺りをきょろきょろと見回した。

「お茶の支度をしております」

ヒナはみんなでお茶を飲む気だが、この男はそれを許さないだろう。

そうはさせるか。ジャスティンは無理矢理会話に割り込んだ。「この屋敷は兄弟が管理しているとか?以前はあなたが――ええっと……」いかにも名前を知りたがっているふうに言葉を途切らせた。

「ヒューバートと申します」

「ひゅーばあとって言うの?ヒューって呼んでもいい?」

ヒューバートはにこりとし「もちろんでございます」と嬉しそうに答えた。まるで光栄だと言わんばかりだ。

ジャスティンは確信した。ヒューバートはヒナの素性を知っている。だとしたら、ウォーターズがウォーターズでないことも知っているのかもしれない。

「すでにお聞きかもしれませんが、ダヴェンポート邸を買い取ったコリン・ウォーターズと言います。夏の間は滞在する予定なので、こちらのお屋敷とは仲良くさせてもらおうと思っています」ジャスティンはあらためて自己紹介をし、ひとつ牽制した。

「なかよし」ヒナがニィっと笑う。

ヒューバートはヒナの笑顔につられてか、異論は唱えなかった。無論、客に対して公然と迷惑だなどと言えるはずもないが。

「カイルは遅いな?一緒に約束していたクッキーを食べようと思っているんだが」カイルもお茶会に参加することを暗に示した。

「ヒナが見てこよっか?」ヒナは腰を浮かせた。

「いいえ。わたくしが見てまいりましょう」ヒューバートはヒナを留まらせると、すべるようにして居間を出て行った。

「ホームズみたい」ヒナがぽつりと言った。

「まったくだ」ジャスティンはもれなく賛同した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 143 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは階上での音を聞きつけ、熱い湯をティーポットに注いだ。

三分ほど蒸らして、茶葉を取り除くために別のティーポットに移し替える。

渋みは控えめで少し甘さのある紅茶だ。ヒナのために冷ましておく。

次にみんなの分の紅茶に取り掛かった。旦那様にお出しするコーヒーは、ブルーノが前もって準備している。

「ダン、予定変更だ」

ブルーノが血相を変えてキッチンに入ってきた。

動揺?珍しいこともあるもんだとダンは思った。

「なにかあったのですか?」具体的にはどう、予定変更なのだろう。

「部屋に戻っていろ」ブルーノは言いながら、ものすごい勢いで詰め寄って来た。

部屋に?そりゃあ、僕はお茶会に参加は出来なけど、ここでブルーノと一緒にお茶を頂くくらいいいじゃないか。それに今日はウェインが来ているかもしれないのに。

「なぜですか?」ダンはムッとして訊いた。

「訳は後で説明する。裏の階段から部屋に戻るんだ」ブルーノは出口を指し示した。

「いま、教えてください」ダンは強情に言った。腕を捕まれてキッチンの外へ押し出されそうになったが、ブルーノにしがみついて出来うる限り抵抗した。頭ごなしに命令されるのを黙って見過ごせば、今後の関係性に影響しかねない。

「お前がここにいるとばれたら困るからだ。追い出されたくなければ、部屋に戻って、おれがいいと言うまで出てくるな」ブルーノはもがくダンに凄んだ。

「それを早く言ってくださいよ!」ダンはブルーノの胸の辺りをポンと拳で叩いた。

ブルーノが弾かれたように飛び退く。まるで熱い湯に指先が触れてしまったみたいに。

「わ、ぁ、ごめんなさい!」ダンはあとずさり、脱兎のごとく逃げ出した。

調子に乗ってブルーノを叩いたりなんかして、バカバカ~!

怒ったかな?

でも、僕が追い出されないように気を配ってくれているという事は、いいふうに取ってもいいんだよね?悪いようにはしないよね?

でも、いったい誰にばれるというのだろう。客は旦那様ではなかったのだろうか?

ダンは客が誰だか確かめたい衝動に駆られたが、なんとか好奇心を押し殺し、階段を駆け上がった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 144 [ヒナ田舎へ行く]

いつまでも隠しおおせるとは思わないが、ひとまず、手は打った。

ダンが言い付けに従って部屋でおとなしくしていれば、今日だけでもやり過ごせるだろう。そのあとのことは、スペンサーと話し合う必要がある。

ブルーノはダンが残した仕事の続きに取り掛かった。コーヒーと紅茶は準備出来ている。あとはスコーンのかごをトレイに乗せて、ヒナがリクエストしたホイップを添えるだけ。

結局、上で茶を飲むのはウォーターズとヒナだけなのか?

もともとおれは参加するつもりはなかったが、他に誰も来ないとなるとヒナはひどく落胆するだろう。あれでなかなかスペンサーの事も気に入っているし、カイルとはすでに友情のようなものを築いている。

「ふふっ。僕がウェインさんをおもてなししますね」

「嬉しいなぁ。旦那様ったら、僕は留守番してろなんて言って、カイルやヒナに会うのを邪魔しようとしたんだから」

カイルとウェインがいとものん気にキッチンへやって来た。

「カイル、ウェインは談話室に案内しろ」ブルーノはピリピリとした態度で廊下に向かって顎をしゃくった。

なにが、おもてなしだ。親父がここへ来たからには、使用人は使用人らしくしなくてはならない。ウェインを客のように扱うわけにはいかない。

「はいはい。キッチンはお城なんだよね」カイルは聞き分けよく、キッチンの向かいにある談話室にウェインを案内した。

「お城?」どうせヒナの影響を受けたのだろう。余計なことばかり覚えやがって。

「おい、ブルーノ」スペンサーがせかせかとキッチンに入って来た。

今度は何だ?

ブルーノは咄嗟に身構えた。スペンサーがここにやって来ることはほとんどないからだ。

「なにかあったのか?」ブルーノは訊いた。

「親父はここに居座る気らしい」スペンサーが忌々しげに言う。

「なんだって?親父がそう言ったのか?」

「いいや。だが、顔を見ればわかる。ダンはどこだ?」スペンサーはきょろきょろと辺りを見回し、ダンを探した。

「ひとまず部屋に戻っているように言った。その方がいいと思って」だが親父がずっといるとなると、あまり意味はなかったということになるだろう。

「まあそうだな。とにかくウォーターズが帰るまでは出てこない方がいいだろう。親父はまずはウォーターズを追い出せと言っているからな。部外者は立ち入り禁止だとよ」

「隣人の訪問を断れとまでは伯爵は言っていないはずだが」スペンサーに言っても仕方がないのだが、ブルーノは堪らず反論した。

伯爵はヒナがここに立ち入る際に『ひとりで』と条件を付けただけだ。

「とにかく、茶をさっさと運べ。様子を見て、それからダンの事は対処しよう」スペンサーはこんな場所にいるのは耐えられないとばかりに、足早に立ち去った。

早くしろと言うなら、手伝ってくれてもよかったのに。

ブルーノは仕方なしにカイルを呼びつけた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 145 [ヒナ田舎へ行く]

確かに、ブルーノの言う通りだ。

隣人の訪問を断れとまでは伯爵は命じていない。ウォーターズがヒナに会いたがってここへやってきたとしても、俺達には何の責任もないと言い逃れることは可能だ。

つまり、伯爵の出した条件は厳しいものではあるが、抜け道はいくらでもある。解釈次第だ。

唯一、ダンに関しては明らかな命令違反ということになる。だがこれもまた、言い逃れられないというわけではない。ばれる前にもっともな理由を見つけておこう。

スペンサーはひとまずの義務を果たしたとばかりに、ヒューバートを避けて書斎へと引っ込んだ。

ちょうど見なくてはならない帳簿だか何だかがあったはず。いまのところ、これが俺が果たすべき責務だ。親父の相手なんかしていられるか。

しばらく、スペンサーは仕事に没頭した。

邸内はいたって静かで、客が来ている事さえ忘れかけていた。

ふいに視線を感じ顏を上げた。

見るとダンが不安げな面持ちで戸口に立っていた。

「なにしてる?部屋にいろと言われただろう」

ダンはドアをぴたりと閉じ、警戒した様子でこちらへやってきた。

「スペンサーはぜんぜん迎えに来てくれないし、みんな外へ出掛けてしまって……寂しくて」

みんなというのが誰を指すのかは知らないが、どうせまた猫どもを探しに行くとかなんとかヒナが言い出して、ぞろぞろと付き従ったのだろう。

「子供じゃあるまいし――」と言ったものの、寂しさに耐えかねて自分に会いに来てくれたのだと思うと、予期しなかった嬉しさが込み上げてきた。

「あの人は誰なんですか?」

どうやらダンは親父の姿を見たようだ。まあ、見ていなかったとしても、ブルーノが部屋に避難させた時点で、自分の敵となる存在の登場には気付いただろう。

「不用意に顔を出して見つかったらどうするんだ?」

「大丈夫です。カーテンの隙間から覗いたので」ダンが得意げに言う。

「それでも気を付けろ。まあ、どちらにせよ、あとで紹介するつもりだが。あれは俺の――俺たちの親父だ」スペンサーはふうっと息を吐いた。

「おやじ?お父さんって事ですか?どうりで後姿がブルーノに似ていると思ったんですよ。髪の色はスペンサーに近い気がしましたけど」

よく観察しているなとスペンサーは思った。

「そうだな、俺が一番似ているだろうな。見た目は若々しいが、あれで五〇は越えているから気をつけろ」俺はいったい何を言っているんだ?親父がダンに手を出すわけでもあるまいし。

「はい。ブルーノが慌ててたところを見ると、お父さんは厳しいひとのようですね。僕は追い出されたりなんかするんでしょうか?」ダンは弱々しく微笑み、その場にへたり込んだ。

「大丈夫だ。いまいい言い訳を考えているから」スペンサーはダンを抱き起こしたい衝動と戦いながら言った。「ズボンが皺になるぞ。せめて椅子に座ったらどうだ?」

「あ、あぁ、そうですね。すみません行儀が悪くて。あ、そうだ。お茶でも入れてきましょうか?」ダンはパッと立ち上がって、ズボンの膝のあたりをはたいた。

「馬鹿を言うな。見つかったらどうするんだ」こんな時に茶など、どうでもいい。

「いまなら大丈夫ですよ。サッと行ってきます」

止める間もなくダンは部屋を出て行った。

馬鹿な男だ。先ほどまでの警戒心はどこへ行ったのだ?あれでは言い訳を考えつく前に、親父に見つかるのがおちだ。

結局、ヒナにうまく立ち回ってもらうしかないのかもしれない。すでに庭へ連れ出すことには成功しているのだ。どうしても必要な近侍を置いておくことを了承させることもできるはずだ。

スペンサーは楽観的な気分で、ダンの帰りを待った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 146 [ヒナ田舎へ行く]

「やった!旦那様のお土産のクッキーだ」

ダンはマグを二つとティーポットを準備すると、クッキーをひとつかみリネンにくるんだ。

早くここを出ないと、いつ誰が戻ってくるかしれない。スペンサーは僕をかばってくれるつもりみたいだけど、あんまり楽観視はできない。どう考えてもお父さんは手強そうだもん。

湯が沸き、ポットに熱湯を注ぐ。

すべてをひとつのトレイに乗せ、準備はオッケイ。

「見ない顔だな」戸口から、落ち着き払った声が聞こえた。

どこか聞き覚えのある声に、ダンはハッとして顔を上げた。

相手は知らない人物だったが、スペンサーとよく似た青い瞳に少し濃い色合いの金髪。これは間違いなく、お父さんだ。

「お茶を入れています」ダンは動揺を悟られまいと、淡々と言葉を返した。

「見れば分かる」彼が近づいてくる。

「どちら様ですか?ここに何の用が――」ダンは先制攻撃に打って出た。彼がお父さんなら(お父さんなんだけど)、僕はかなりの無礼者ということになるが、ここは堂々とするのが一番だ。

「怪我をしているな」ダンの額を見て眉間に皺を寄せた。「ヒューバートだ」ひとつ、質問には答えた。

「僕はダンと言います」ダンも礼儀上名乗った。「ちょっと擦りむいただけです」

「うむ」ヒューバートはまだ近づいてくる。そして、額に触れた。

ダンは金縛りにあったように動けなくなっていた。それはスペンサーによく似た、ブルーノよりも決まりにうるさい(らしい)ヒューバートに怖じ気付いたからではなく、もっと別の何か。スペンサーとブルーノに同時に威圧されたとき――僕を二人して追い出そうとしたとき――のような。

「なかなか立派な結び目だな」ヒューバートはダンの首元に目を落としていた。

「ありがとうございます。自信作です」金縛りは解け、ダンは胸を張った。

「カナデ様の近侍にしては少々目立ちすぎではないか?」ヒューバートが目線を上げた。

ぱちっと目が合う。

「なっ、どうしてそれを?」そうは言ったものの、最初から嘘を吐くには無理があった。何もかも見透かす青い瞳に惹きつけられてしまっては、なおさらだ。

「カナデ様がそう仰っていた」

「ヒナが!?」またまたあの裏切り者めぇ~。まったく。ヒナときたら、口から生まれてきたんじゃないの?

ヒューバートは目を細めてポットとマグを見やった。「せっかくの紅茶が冷めてしまうぞ」

「え?えっと……」見逃してくれるのかな?「ヒュ、ヒュー」ヒューバートさんでは馴れ馴れしいよな。呼び捨てにするのはおかしいし、やっぱり――

「カナデ様もそうお呼びだ」

「え?」

「ヒューと」

僕もそう呼んでもいいってこと?

「スペンサーに命じられたのか?」ヒューバートが問う。

ん?お茶のことかな?こう次々会話が流れていったらどうしていいのかわかんないよ。

「僕が一緒にお茶を飲みましょうとお誘いしました。ちょうど良さそうなクッキーもあったので、それで」ダンはなんとか答えた。

「そうか。ではもう行きなさい。話はまたあとでしよう」ヒューバートはわきに避け、ダンに逃げ道を与えた。

またあとで!?

あとがあるの?

うぅ。

「それでは失礼します」

なんとか逃げ出した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 147 [ヒナ田舎へ行く]

その頃、口から生まれてきたヒナは――

「わぁ!ブルゥ、そこにポッチがいるー!」

ネコを探していた。

「ヒナ、子猫は見つけたぞ。あのベンチの下にいる」ジャスティンが指し示した先には確かに灰色と白のまだら模様の子猫がいた。その上にはふとっちょが腰を下ろしていた。

「あれれ?ふとっちょもいる」ヒナは予期せぬ発見に顔を綻ばせた。

「ほんとだ!いつの間に」カイルは黒い美人ネコを抱いている。

「さっきあの裏からのそのそと出てきましたよ」ウェインがベンチの後ろの生け垣を指さした。

「ポッチには逃げられた」ブルーノが小道を戻ってきた。

「いったい、ネコを集めてどうするつもりですか?」もっともな問いを発したのは、何事にも物怖じしないウェインだ。

「えっと……」真剣に問われてヒナは困った。「どうもしない。昨日は会えなかったから、探しただけ」

「雨の日は温室にいるんだ」とカイル。美人さんののどを掻いてやり、ウェインにも抱くように促した。

ウェインは笑ってやり過ごし、こそこそとブルーノの背後にまわった。どうやら大きなネコは苦手のようだ。

ヒナがベンチに座るとふとっちょがもれなく膝に乗って来た。カイルが横に座り、ジャスティンとブルーノが脇を固める。

「ねぇ、ブルゥ。ダンはヒューに追い出されちゃう?」ヒナはふとっちょの肉球をぷにぷにしながら訊ねた。

「お父さんは何しに来たの?」カイルもブルーノに訊ねる。

「修繕箇所と費用の見積もりを取りに来たんだろう」ブルーノは推察した。

「いつもはスペンサーが届けてるのに?」カイルが異論を唱える。

「他に用があったんだろう?」ブルーノは素っ気なく返した。

「実際、ダンがいないと困るのではないのか?」ブルーノがヒナの質問に答えないので、堪らずジャスティンは口を挟んだ。

隣人相手に弱点を見せるわけにいかないブルーノは、返答に窮した。

「困っちゃうよ。だってヒナはなんにも出来ないんだよ」答えたのはカイル。

なんにも出来ないと決めつけられたヒナは、少々ムッとしながら「そんなことないもん」と弱々しく反論した。とはいえ、ダンがいないと非常に困る。

「まあ、なんにもできないことはないが、ヒナの髪をまとめるのはダンにしか出来ないだろうな」ブルーノがしょげるヒナをかばう。

「確かに、綺麗にまとめられている」ジャスティンはヒナのしっぽに指を絡めながら、ふとっちょに威嚇するような視線を向けた。

褒められたヒナはポッと頬を赤らめ、ふとっちょをぎゅっと抱いた。

「特別なオイルを使ってるんだって」カイルがヒナの髪の秘密を漏らす。

「とにかく、親父を説得してみるしかないだろう」ブルーノは言いながら、なぜ隣人を交えてダンの話をしているのか不思議に思った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 148 [ヒナ田舎へ行く]

呼ばれて、ドアを開けた。

案の定、戻ってきたダンの両手は塞がっていた。

茶器をカチャカチャと言わせながら、まるで幽霊にでも出会ったような顔をしている。

「どうした?」スペンサーはダンの震える手からトレイをもぎ取った。

「ひゅ、ひゅ、ひ、ゅ」

「なんだ?」スペンサーは顔をしかめた。

ダンが喉のつかえを取るように、ごくりとつばを飲み込んだ。

「お父さんに会いました」掠れ声で言う。

「おと――なんだって?だから言っただろう?そこを閉めて中に入れ」スペンサーはカッカしながらトレイをテーブルに置くと、いつまでも立ち尽くすダンの手を引っ張って椅子に座らせた。

自分も横に座り、「何を言われた?」と早口に訊ねた。

「紅茶が冷めるから、と」ダンは呆然自失の態だ。

「紅茶?おいダン、しっかりしろ。出て行けと言われたのか?」スペンサーはダンの頬を軽く叩いた。

ダンは目をぱちくりとさせ、ようやく正気に戻った。

「いいえ。ただ、あとで話があると」

「うむ。まぁ、悪くない展開だ」せめても話をする気はあるようだから。

「そ、そうですか?本当にそう思いますか?」

ダンが迫ってきた。

真剣な口調、真剣な瞳でスペンサーに縋り付く。

「他にはなんと言われた?」スペンサーは間近でダンの飴色の瞳を覗き込み、つい、唇にも視線を落とした。

「えっと、カナデ様の従者にしては少々派手だ、とか……カナデ様もヒューとお呼びだとか……そんなところです。で、紅茶が冷めるからもう行きなさいと」ダンはひとつずつ指を折り曲げながら、ヒューバートに言われた内容を告げた。

「カナデ様の従者?自分から名乗ったのか?」どうせなら臨時雇いの下働きとでも言えばよかったのに。まぁ、ダンの恰好からしてそれは無理か。

「いいえ、まさか!もちろん名前は言いましたけど、どうやら先にヒナが僕について何か言っていたみたいで、すぐにばれちゃいました」

ったく。ヒナの口を縫いつける必要があるな。

「とにかく、ここの管理責任者は俺で、伯爵の依頼を受けたのも俺だ。親父に口出しはさせない」スペンサーは啖呵を切った。

「でも……」ダンは納得しない。

「わかっている。だとしても言い訳は必要だ。それをいまから考えるから、子供みたいにしがみつくのはやめてくれ」

シャツの袖にからみつくダンの指先がパッと離れる。本当は傍に引き寄せて、キスのひとつやふたつしたいところだが、いまほどまずい状況はない。もっと落ち着いたら、喜んで抱き寄せよう。

「わぁ!すみませんっ!」

ダンはスペンサーの胸を突いて、一気に距離を開けた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 149 [ヒナ田舎へ行く]

ダンは自分の子供っぽい行動を悔やんだ。

表面上どんなに取り繕っても、すっかり気が動転しているのは自分でも分かっていたし、スペンサーに助けを求める以外手はないと一瞬のうちに考えついたけど、だからってなにも子供がおねだりするときみたいにスペンサーに縋りつくことはなかった。

だいたい、スペンサーがあまりにヒューバートと似ているから悪いんだ。

スペンサーがドアを開けてくれたとき、一瞬、そこにヒューバートがいるのだと思って、いったん静まっていた心臓がおそろしく飛び跳ねた。

ドキドキする胸の鼓動に合わせるように手がプルプルと震え、目の前にいるのが心配そうにこちらを見おろすスペンサーだと分かっても、ヒューバートの強烈な印象は頭の中に鎮座したまま、なかなか落ち着かなかった。なのにスペンサーに泣きつくなんてどうかしている。

十五歳で家を出て、一人前になった気でいたけど、姉さんたちに言わせれば僕は『あまっちょろなひよっこ』でしかないだろう。

ダンは七人姉弟の末っ子で上は全部姉だ。兄もいたようだけど、ダンが生まれる前か小さい頃に亡くなっている。両親があまりそのことを喋りたがらないので、ダンも聞かずじまいだ。

もう三年も会っていないなと、ダンはぼんやりと思う。家族は僕が役者になったと思い込んだままだろう。それとも僕には無理だったと戻ってくるのを待っているのだろうか?

「ほら、これでも飲んで気を落ち着けろ。このクッキーもなかなかいけるぞ」

ダンは気まずい気持ちで、スペンサーの差し出すマグを受け取った。子供扱いされて腹を立ててもいいのだけれど、情けなさのほうが先に立った。おとなしく紅茶を啜り、リネンの上に転がるクッキーに手を伸ばす。

「ほら」

スペンサーが指先で摘んだクッキーを目の前にちらつかせた。

ほらって?まさかスペンサーの手から食べろって言う訳じゃないよね?

「ウォーターズはヒナの好きなものを熟知しているな」スペンサーはダンの唇にクッキーを押し付けた。

なにするッ!

抵抗してもよかったが、そんな考えはすぐにやめた。すっかり子ども扱いされてしまっては、抵抗も何もあったもんじゃない。

ダンは仕方なしに口を開け、スペンサーにされるがまま、ヒナ好みのさくさくほろほろクッキーを舌の上に乗せた。

文句なしに美味しかった。

さすがは旦那様。

「どうだ?」スペンサーが訊ねる。

「おいひぃです」ダンはクッキーのかすをこぼさないように、口をすぼめたまま答えた。

「さて、落ち着いたところで、ひとつ、作戦を練ろうじゃないか」

スペンサーが急に真面目な顔つきになったのを機に、ダンも姿勢を正し、ヒナの近侍としての威厳をいくばくか取り戻した。

「ええ、出来れば早急に」

つづく


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